伊豆長岡温泉 福狸亭 小川家(ふくりていおがわや)のもとに生まれ、現在は女将だけでなく、伊豆長岡温泉旅館協同組合、お散歩市の運営、古奈もみもじ公園の植樹など、精力的に伊豆長岡の活性化のための活動を行っています。今年で5周年を迎えるお散歩市。代表として、これまでどのような想いで運営され、この先5年、10年どのような想いで伊豆長岡と向き合うのか。先代が培った伊豆長岡の歴史から、これからの未来の話まで伺いました。
鴨下記久枝さん
伊豆長岡温泉ミライ会議 代表。ご実家は「伊豆長岡温泉 福狸亭 小川家(ふくりていおがわや)」。伊豆長岡温泉旅館協同組合女性部の部長も務め、古紙回収事業や古奈もみじ公園の植樹など、地域活動に幅広く従事。
地域に根ざす。観光、環境、福祉で循環する取り組み「お散歩市」
ーーまず、お散歩市を始めた経緯についてお聞きしてもよろしいでしょうか?
鴨下さん:もともとお散歩市は温泉街の賑わいづくりのため、市と市民が協働で観光まちづくりを進めるワークショップから始まりました。その後、温泉場の方々が引き継いだのですが、徐々に出店数が少なくなっていました。2年目には、継続するかどうするかという状況でしたが、私が代表として音頭を取ることになり、今に至ります。当初、出店数は10軒ほどでしたが、地域の方へ声かけをしたり、古紙回収の企画をはじめたりして試行錯誤をした結果、徐々に認知度も上がり、出店数は40店舗まで増えました。
ーー古紙回収は、どのような経緯があって、始められたのでしょうか?
鴨下さん:市会議員の小沢さんから、古紙回収・再生事業を行っているコアレックス信栄さんをご紹介いただいたのがきっかけです。古紙を4トン回収すると、伊豆長岡温泉のネームが入ったオリジナルデザインのトイレットペーパーの包装用巻紙を作れると聞いたんですね。これは、地域の宣伝にもなりそうと思い、伊豆長岡温泉旅館組合の女性部を中心に企画が始まりました。
最初は、300キロ程度しか集まりませんでしたが、女性部の皆さんが中心となって、旅館さんや地元の方に声をかけていき、現在では99%の旅館さんにご協力いただき、回収量は22トンにのぼります。旅館へいらしたお客さま、お散歩市の来場者には、伊豆長岡温泉の宣伝のためにと、古紙でできた巻紙をお配りしています。
また、この巻き紙をかける作業は福祉の授産所(※1)の方たちにお願いしています。つまり、巻紙を作ることで、環境にもやさしいだけでなく、それが福祉施設の収益となって、まさに観光と環境、福祉の3つが重なった企画で、福祉施設の方々にも、非常に喜んでいただいております。
※生活困窮者・障害を持った方などで就業能力の限られている者に対し、就労または技能の修得のために必要な機会および便宜を与える施設
ーー観光と環境、福祉の3つで良い循環が回る取り組みですね。今後の展開はありますか?
鴨下さん:古紙回収に関しては、どれだけ回収ができるかが肝になるので、少しでも住民の方々に認知できるよう努力したいと思います。コアレックスさんは、こないだの地震のときにも、ティッシュペーパーやトイレットペーパーを住民の方々に無料配布していて、地域への貢献度が高い会社なんです。いつも迅速に対応いただき、とても頼りになります。これからも、お互いに協力していきたいと思っています。
「伊豆の国パノラマパーク」の設立に尽力した祖父の意志を受け継ぐ
ーー続いて鴨下さまのご家系と地域の関わりについてお伺いします。なんでも、鴨下さまのおじいさまは、その昔ロープウェイを立ち上げたとか。
鴨下さん:そうです。私の祖父は伊豆長岡温泉観光協会の役員だったので、伊豆の国パノラマパーク(旧かつらぎ山パノラマパーク)の立ち上げに参画していました。その後、ロープウェイの運営会社の初代社長を務めました。
ーー当時の伊豆長岡は、どのような状況だったのでしょうか?
鴨下さん:「東洋一のゴンドラ」といわれるほど画期的だったんですね。住民の方々は、「飛行機が頭上を飛んでいるみたい。鉄の塊が落ちてくるのでは」とびっくりしていました。今はコンパクトになってしまいましたが、当時は15人ぐらい乗れるロープウェイで、1台1台にガイドが付き「田方郡を一望できます」「駿河湾が見えます」といった説明がありました。
あと、今駐車場になってしまっていますが、そこの部分は全部アーケードでした。その当時は、それこそアーケードの先駆けでした。この辺では本当に早くて、時代の先を見過ぎていたのかなと思います。
ーー当時は、積極的に伊豆長岡をあげて、地域活性のための活動をされていたんでしょうか?
鴨下さん:そうですね。まだ三島に新幹線の駅がなく、停車駅に格上げしてもらうよう活動をしていました。あと、国鉄時代に「修善寺方面に行かれるお客さまは、伊豆箱根鉄道にお乗り換えください」っていうアナウンスを「伊豆長岡駅、修善寺方面に行かれる方は〜」に変えてもらったという逸話も祖父から聞きました。
ーーたった一言ですが、その宣伝効果ははかり知れないですね。
鴨下さん:莫大ですね。だんだん力のある人たちがいなくなってしまって、すごく寂しいです。私は孫なので、祖父の意志を受け継ぎ、伊豆長岡温泉のまちづくりに取り組んでいかないと、と思っています。
温泉に、食べ物に、歴史に。魅力であふれる街「伊豆長岡」
ーー伊豆長岡温泉の魅力を教えてください。
鴨下さん:まず、来ていただく皆さんには、伊豆長岡温泉は「コンビニ温泉」とお伝えしています。コンビニのように、食、温泉、歴史など、さまざまなものが揃っているからですね。
1つずつ解説させていただくと……まず、温泉ですね。伊豆長岡の温泉はアルカリ性単純温泉で、お肌にやさしく、老廃物を排出してくれるデトックス温泉なんですね。温泉に関しては、どこにも負けないと自信を持っておすすめしています。
2つ目が歴史ですね。2022年から放送される大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で、伊豆長岡の韮山地区が舞台になりますが、まさにここ韮山は、韮山反射炉を筆頭に、願成就院には木造阿弥陀如来坐像、木造毘沙門天立像といった国宝もあり、歴史の宝庫なんですね。
最後が食材です。意外かもしれませんが、伊豆長岡では果物も豊富に採れるんです。苺やみかんだけでなく、季節によってはブルーベリー、ライチ、また天皇陛下に献上された天野柿など。沼津が近いので駿河湾の幸も取れます。本当にそういう意味では、食材には事欠かないですね。板前さんにとっては大変ですが(笑)
ーー海の幸も山の幸も楽しめるんですね。移住者の方にPRをするなら、まずどの魅力をお伝えしますか?
鴨下さん:温泉と、都会へのアクセス、そして人ですね。伊豆長岡は、観光地だからか移住者に親切な人が多く、住むには本当に良い場所です。
ーー地方と聞くと、一般的には閉鎖的というイメージが持たれがちですが、ウェルカムな方が多いんですね。
鴨下さん:一度溶け込んでしまえば、フランクで世話好きな方が多いです。やりたいことを話したら、「あの人知ってるから紹介するよ!」と話が進むことが多いですね。移住した東京の知り合いも、そういう部分が魅力とおっしゃっていましたね。
ーー反対に、伊豆長岡の課題はありますか?
鴨下さん:空き家問題ですね。伊豆長岡には、かつて60軒ほどの旅館がありましたが、今では30軒になってしまいました。うちの旅館の近くにも7軒ありましたが、今では3軒になってしまいました。
また、旅館だけでなく店舗も少なくなり、シャッター通りになってしまっています。昔は“夜も楽しい”伊豆長岡温泉だったんですね。だから、夜もそぞろ歩きができて楽しめるものを何か見つけないといけないのかなと。
ーー昔の伊豆長岡温泉の夜はどういう雰囲気だったんですか?
鴨下さん:昔は、射的屋やスマートボール屋、ボトル屋(※2)などがあって、夜も楽しめる雰囲気でした。それが、徐々になくなって、古き良きお店は2件くらいしか残ってないです。個人的には、パソコンやITではなく、工作みたいに自然や木と触れあう体験が作れるといいなと思います。
※並べられた20センチ程度の八角形の木に、野球ボールをぶつけ、落とした数に応じて景品がもらえる遊戯。
地域の外の人を巻き込んで、伊豆長岡に賑わいを。
ーーお散歩市には、地元の高校生や大学生も参加されていますが、次世代を担う若者たちに感じていることや想いがあれば教えてください。
鴨下さん:私は旅館でお手伝いしてもらう学生さんに、いつも「しっかりとお客様の顔を見て、大きな声で『ありがとうございました』『いらっしゃいませ』と挨拶しようね。社会に出たら挨拶が一番大事だから」と伝えるのですが、できる子は少ないですね。言われてハッと気がつく子が多いんですよね。そのうち数人の学生さんはすごく変わります。本当に変わっていくんです。やはり、社会に出てもそれが大事というのを身にしみるんでしょうね。
お散歩市でも、出店者の方々から声をかけてもらえた喜び、「ありがとう」「うれしかったよ」と感謝をもらえた喜びから、今まで小声だった子が大きな声で返事や挨拶ができるようになるのは、かけがえのない体験だと思っています。極端ですが、そういう些細な体験から人生観は変わっていくのかなと。
社会に関わる経験は、学校では学べないことも多いので、もっと学生さんたちに体験して欲しいなと思っています
ーー今後の展望について教えてください。
鴨下さん:伊豆長岡には、源氏山を隔てて古奈温泉と長岡温泉の2つの温泉があります。個人的には、この2つの温泉場を行き来できるようなアクセス網があると良いなと思っています。今はミライ会議を通して、行政さんと話し合いが進められるようになりました。叶うかわかりませんが、源氏山にトンネルを通し、トロッコ電車を走らせるのが長年の夢です。
また、伊豆長岡は食べ物屋や土産物屋さんもなくなってしまい、空き家が増えています。「こういうものを作ってみたい」や「こういうお店をやってみたい」といった意志を持った学生さんや建築をしている方などに、空き家を活用してもらって、一緒になって伊豆長岡のにぎわいづくりを考えていきたいですね。