温泉

伊豆長岡の温泉が浴槽に届くまで

伊豆半島には静岡県内の源泉の90%以上が集中しており⁽¹⁾、その多くの地域で古くから温泉が親しまれてきました。源泉が集中するがゆえに数多くの温泉場が整備され、観光や日常生活の場面で活用されてきました。
その中でも伊豆長岡温泉には、かつての温泉枯渇の危機を経て、温泉という有限の資源を継承していくための地形を活かした温泉管理システムが導入されています。
今回のレポートでは、温泉を守ってきた技術と、それに携わる方々の努力を紹介したいと思います。


伊豆長岡温泉を見守る人たち

温泉地を訪問する私たちにとって、温泉にはもちろん入りますが、浴槽に注がれる前の温泉について知る機会はあまりありません。
そこで今回は、伊豆長岡温泉の源泉を管理している伊豆長岡温泉事業協同組合、理事長の福田さんと専務理事の山田さん、施設管理課主任の杉山さんにお話を伺いました。

写真:理事長の福田さん(写真左)と専務理事の山田さん(写真右)。
写真:施設管理課主任の杉山さん。施設を案内していただいた。

地面からの資源-温泉

温泉が地面から湧き出ることを湧出と言います。
湧出方法によって源泉は幾つかの種類があり、自然に温泉が湧き出る「自然湧出泉」と人為的に掘削した「掘削泉」とに大きく分けることができます。
古くは自然湧出泉がほとんどでしたが、技術の開発により、地面を掘ることで新たに源泉をつくり温泉を獲得する掘削泉が増加したという背景があります。

温泉枯渇の危機から生まれた、温泉を管理するためのシステムとは?

昭和の温泉ブームは温泉の乱開発を進め、伊豆長岡温泉でも過剰ともいえる源泉の掘削が行われ問題となります。昭和41年に静岡大学の鮫島助教授が行った調査では、乱開発がこのまま進めば遠からず温泉が「枯渇」すると宣言されてしまいました。

温泉の枯渇を逃れるため、温泉を源泉ごとに管理するのではなく地域一体で管理する「集中管理システム」への移行が必要であると警鐘が鳴らされ、昭和49年には「集中管理促進協議会」が発足し、温泉の集中管理システムが導入されました。
集中管理システムにより伊豆長岡温泉の地面には温泉の流れる配湯管がめぐっています。配湯管は全長13キロメートルにわたり、温泉場の中心に位置する源氏山に沿って、反時計周りに温泉が流れています。

写真:第一配湯所の様子。ポンプや配管がそれぞれ2つずつあるのは万一故障が発生したときでも、もう片方を使用することで温泉を止めることなく配湯するため。

伊豆長岡温泉の地形を活かした、独自の管理システム

集中管理システムを導入している温泉地はありますが、中でも伊豆長岡温泉は温泉場の地形により特殊な方式を採用しています。

一般的な、山の斜面などに源泉が存在する温泉地では、源泉から湧出した温泉は給湯管を通って山の傾斜地などに設置されたタンクへ一度集められます。配湯には水が高いところから低いところへ流れる性質を利用して、タンクに集められた温泉が配湯管を流れる「流下方式」が用いられています。そのため、同一のタンクから配湯されている場合であれば、施設が違っていても浴槽に配給される温泉は基本的に同じ泉質となります。

対して伊豆長岡温泉では、源泉が平地に点在しているため、流下方式のような高低差による圧力の利用は見込めません。そこで「循環管網方式」という、対象地域全般に敷設されたメインパイプに各源泉を圧入して利用箇所へ配湯し、温泉が絶えず環流する方式が導入されています。また、伊豆長岡温泉地内の温泉脈はほぼ同一の流れとされているため、混合泉となっても同一の温泉の成分性質を持つことも確認されています。

図:集中管理システムの略図。左が伊豆長岡温泉の循環管網方式、右が流下方式。

温泉を管理する難しさと最新のテクノロジー

循環管網方式の利点は配管が少なくて済むことです。
流下方式では、給湯管と配湯管の2種類のパイプが必要ですが、循環管網方式の場合は給湯管と配湯管が一体となっているためパイプの全長が短くなり、次のようなメリットがあります。点在する源泉からお湯が新しくパイプに注入されるので、流下方式と比べて温度が保持されやすくなっています。
ちなみに、伊豆長岡温泉では源泉の温度は60度程度のため、入浴適温である40度前後よりも暖かいお湯が配管を流れ、加熱する必要が少なくなっています。

さらに、配湯所から離れるにつれて圧力が落ちていく流下方式に比べて、循環管網方式は源泉が注入される各箇所で水圧による圧力が加わるため、圧力も一定に保たれやすくなっています。このようなメリットがある一方、給湯管と配湯管が一体であることから調整がとても難しいそうです。ひとつの源泉を一度止めると、バランスが整うまで1日かかってしまうこともあるとか…。

システムデータは自動で集計され、タブレットと連携しているため異常がないか24時間確認することができるようになっています。また、古くなった配管を新しくする工事が2014年から進められていますが、大変手のかかる作業のため、全体の修復が完成するまでに20年はかかるでしょうということです。

写真:監視システムによる制御。システムに異常がないかをタブレットで24時間確認できるようになっている。

大切な温泉をミライへ繋いでいくために

このような集中管理システムの導入により、かつて130本だった使用源泉を33本に絞ることができました。温泉を一滴も無駄にしない努力によって、以前は年間120万トンだった温泉の使用湯量が現在ではおよそ半分の65万トン程度となっています。
温泉という有限の資源を管理し「ミライ」へ繋げるための技術と、それに関わる人たちの熱い思いによって、伊豆長岡の温泉が届けられています。

 

出典・参考
(1)「温泉実態調査報告書」 静岡県健康福祉部衛生課, 2021年2月1日
(2)「伊豆長岡温泉集中管理施設」伊豆長岡温泉事業協同組合発行
(3)「伊豆長岡温泉の集中管理について」静岡県伊豆長岡町温泉事業協同組合 石橋虎三, 1984年

文: ロウネラ伊藤 まゆみ
東京工業大学 環境・社会理工学院 建築学系 博士課程在籍
2021年にソトノバ・コミュニティにて「モバイル足湯クラブ」をメンバーと立ち上げる。移動式のモバイル足湯を用いて、伊豆長岡温泉エリアを中心としたパブリックスペースで社会実験を展開している。
研究では、文化的・社会的側面から日本の温泉地に設置されている足湯の調査を進めている。とある温泉地の方が「みなさん湧出後の温泉には興味があるが、湧出前の温泉にはあまり興味がないようです。」と寂しそうに語っていたのを受け、温泉を管理する人たちを紹介したいと思うようになった。

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