伊豆長岡の温泉場通りで70年以上、地元の方々に新鮮なお魚を届けている「町重(まちじゅう)商店」。現在この「町重商店」を切り盛りするのは3代目の町田一剛さん。もともと、鮮魚小売のチェーン店で働いていましたが、2002年にUターンし家業を継ぎます。2020年6月には、オンラインショップを立ち上げて、新たな販売路線を拡大しています。
お店を経営しながら、伊豆長岡の温泉街の移り変わりを目の当たりにされた町田さんに、伊豆長岡の魅力や課題、これからの展望についてお聞きしました。
家業を継ぐことに迷いはなかった
ーーまず、「町重(まちじゅう)商店」について教えてください。
町田さん:曾祖父の代から続く「町重商店」という鮮魚店を営んでいます。もともと、沼津の多比のほうでやっていて、伊豆長岡の旅館街に引き売りに来ていたらしいです。戦後になって、現在の伊豆長岡の地に移転しました。父の代からは卸売だけでなく小売もしておりまして、昨年からはオンラインによる販売も開始しました。
ーー町重商店を継がれるまでは、どのような仕事をされていましたか?
町田さん:大学を出てから、株式会社魚喜(うおき)という全国で当時70~80店ほどあった鮮魚・小売りのチェーン店に勤務していました。
入社してすぐは、対面といってお客さまとやりとりしながら魚を販売する部署にいました。当時は関西出店も多く、兵庫県伊丹にある関西本店に3ヶ月、それから滋賀県の八日市に異動になりました。そこでは対面販売だけでなく、寿司コーナーの責任者もしていました。2年3ヶ月働いたのち、2002年にUターンして家業を継ぎました。
ーー最初はどこも対面接客からなんですね。現場の声を聞くのが大事なのでしょうか?
町田さん:そうですね。まぁ新入社員なら素人同然みたいな感じなので。お客さまとのやり取りのなかでいろいろなことを学ばせてもらいました。まして関西は関東と魚はもちろん食文化も違いますからね。
例えば、当時関東では締まっている白身を食べていましたが、向こうでは活け締めを好んで食べるんですね。また、マグロも関東はメバチマグロですが関西はキハダマグロだったり。
あと、恵方巻はもともと関西の文化で、関東に定着したのはここ10年くらいの話なんですね。当時、滋賀で働いているときに、節分の日に太巻きが2000本売れてびっくりしましたね(笑)
ーーお店を継ごうと思った経緯は?
町田さん:どのような経緯でお店を継いだのかとよく聞かれますが、子供の頃から継ぐのが当たり前みたいな感覚だったんですよね。
ーーいざ家業を継ぐとなると、責任やプレッシャーを感じませんでしたか?
町田さん:僕の中では大きな決断ではなくて当たり前だったんですね。たしかに大変なことはありますが、会社員だと人間関係で大変なこともありますよね。今は自分の好きなように仕事ができているし不満はないですね。
ーー小さい頃から家業が憧れの対象だったのでしょうか?
町田さん:憧れということもないけど、小さい時から配達に行ったり市場に行ったりして、昔から馴染みがありましたよね。だから、サラリーマンや公務員という選択肢は思い浮かばなかったかなぁ。
「安いから買うじゃなくて、おいしいから魚を買う」と言わせた
ーー今の仕事でどういう部分にやりがいを感じますか?
町田さん:今SNSで情報発信することに力を入れてるんですね。おかげさまで「Instagramの投稿を見て来ました」みたいなお客さんが増えてきていて。SNSで発信したことが集客に結びつくと、やりがいを感じますね。
ーーSNSを見て来られる方は、遠方の人もいるのでしょうか?
町田さん:そうですね。御殿場や裾野、富士や三島、沼津、熱海などから車で来られる方もいらっしゃいます。向こうにも鮮魚店はあるのに、わざわざ長岡まで来てもらって本当にありがたいです。
ーーダイレクトに成果が見える部分にやりがいを感じているんですね。
町田さん:そうですね。お客さんが家に帰られてから、「今日こんなお刺身買ってきました!」みたいな投稿をアップされているのを見るとうれしいですね。
ーーSNSを強化しようと思ったきっかけは?
町田さん:きっかけはなんだったかな……。長岡のイタリアン「POMODORO」のオーナーシェフのの友達がSNSに力を入れていて、その彼に影響されたのは大きいかもしれませんね。
ーーお店を経営するなかで大切にしている事は?
町田さん:今は個人の魚屋さんも少なくなっている時代ですよね。そもそも魚の食べ方を知らない若いお客さんも増えているので、市場から仕入れた魚をただ並べるのではなく、すぐ食べれるように加工してます。なるべく接客のなかで「こんな食べ方があります」と伝えるようにしています。
ーー最近は若者の魚離れが進んでいるらしいですね。魚をさばけない人も増えているとか。
町田さん:生魚に触ったことがない人がほとんどじゃないですかね。ただ若い人は、決して魚が嫌いなわけではないんですよ。おいしい魚は好きなんですよね。みんなお刺身も好きだしお寿司も好きだし。ただお魚はお肉と比べると値が張りますよね。スーパーさんだと良い魚というよりも、この値段で売りたいという意図で魚を仕入れているので、なかなか日頃からおいしい魚を食べられる機会は少ないと思っています。町重商店では、値段は張るけど新鮮で良い魚をなるべく安く揃えるように心がけています。
幼少期に見た、夜まで賑わう温泉場通りの光景と今
ーーここ数十年で、温泉場通りやお客さんの変化、近隣の旅館との関係性に変化はありましたか?
町田さん:僕が小さかった昭和50年代は、温泉場が華やかだった最後の時代だと思うんですよね。例えば土曜日の夜9時過ぎでもお客さんがわんさか歩いていて、うちの隣には射的屋さんやボットル倒し屋さん、お土産屋さんもあって賑やかでした。それこそコワモテな人もいたし、喧嘩もありましたよ。
ーー血気盛んな時代だったんですね(笑)
町田さん:とにかく賑やかだったんですよ(笑)長岡は男同士の慰安旅行が多かったんですよね。バブルが崩壊して、社員旅行や団体旅行が減って活気がなくなってきたって感じですね。当時は旅館がたくさんありましたが、今では温泉場に3、4軒くらいしか残っていないですね。旅館に元気がなくなると、それにつれてお土産店や娯楽施設など周りのお店も減っていきました。
ーー温泉場が少なくなると、それに比例していろんなお店がなくなっていくんですね。
町田さん:そうですね。観光業は裾野が広いですからね。旅館で働いている方々も、地域でお買い物しますからね。旅館が少なくなれば、そういう人たちも少なくなるので悪循環ですよね。
ーー温泉場通りで毎月開催しているお散歩市については、どのように感じていますか?参加されていない地域の方からお散歩市がどう見えているか気になります。
町田さん:うちのお店だと、お散歩市が開催される日曜日って遠方からのお客さんが増えるんですね。だから、本当は参加はしたいけどなかなか参加できていないのが本音なんですね。この間は、歩行者天国みたいにしててとても盛り上がったと聞いているので、本当に応援したいと思っています。
長岡は暖かくて雪も降らない。温泉もあって住みよい街
ーー伊豆長岡の魅力について教えていただいても良いですか。
町田さん:長岡は暖かくて雪も降らないし温泉もあって、良い場所だと思いますね。雪なんて1年に降るか降らないかくらいですし。
あと富士山もきれいです。伊豆の国パノラマパーク(富士見テラス)から見る富士山が一番きれいじゃないかなと個人的には思っています。富士山があって駿河湾があってみたいに……一連の景色を見られるのが魅力じゃないかなと思いますね。
ーー反対に、地域で感じている課題はありますか?
町田さん:新しいことにチャレンジするものの、単発で終わっているのがもったいないと感じますね。例えば、ついこの間開催した「時代まつり」もそうだと思うんですけど、それなら伝統のある「あやめ祭り」に予算やリソースを割いた方が良いのかなと思いますよね。
ーー継続の部分で課題を感じるということですね。
町田さん:そうですね。街が盛り上がるようにみんなで協力することが大事とわかっていても、なかなかまとまらないという問題もあるので、なかなか難しい面もあると思いますけどね。
ーー他に課題はありますか?
町田さん:長岡にはたくさん魅力があるのに、それが集客に結びついてないんですよね。ただ、旅館「小松家 八の坊」の望月敬太さんや、「富嶽 花房」の花房光宏さんなど、3代目、4代目を中心に活動している「長盛隊」がけっこう頑張って街を盛り上げるためのイベントをしているんですよね。昔は僕も「長盛隊」で活動していましたが、今はお店が忙しくて協力できていないんですけどね。
ーー「長盛隊」は具体的にはどういった活動をしているのでしょうか?
町田さん:伊豆長岡を盛り上げるために結成したグループで、伊豆長岡温泉盛り上げ隊を略して「長盛隊」と呼んでいます。大晦日の夜に開催した餅つき大会をきっかけに誕生しました。今はこのような状況でなかなか思うように活動できていませんが、昔はワイン飲みながらプロが作ったお料理を食べお花見する「桜ワイン会」や流しそうめんや音楽と融合させたイベントを企画・開催していました。
まずは自分の店を元気にする。できることから地域を変えていきたい
ーーコロナ以後、商売に対しての向き合い方とかは変わりましたか?
町田さん:皆さん外食に行かなくなった影響か、手巻きやお刺身を買ってくれるお客さんが増えたんですよね。あらためて、お客さんを大事に、もう1回来てもらえるように、心を込めて商売するようになりましたね。
ーーまた来てもらうことが地域を盛り上げることにもつながりますよね。
町田さん:もう一度、伊豆長岡に遊びに来てもらって、その人たちがSNSで情報発信をすれば、また新しい人の目に触れて……と相乗効果を作れるんじゃないかなと感じています。
ーー最後に、今後の展望について教えてください。
町田さん:うちのお店だと、ギンダラの西京漬けや自家製のしめ鯖、塩辛が人気なんですね。今まで以上に、加工商品の種類を充実させていきたいです。
また、今は先が見えなくて大変な状況ですが、お散歩市のように継続して活動をしていればお客さんも付いてくると信じています。僕は僕で自分の商売を一生懸命することに尽きるのかなと思います。まず自分のお店が元気にならないと、地域のことは語れないと思うので。自分の商売をとおして、伊豆長岡、伊豆の国市を盛り上げていきたいですね。